2024年3月5日
  • 須恵町にある高校受験専門学習塾

国語授業の決まり

国語は、「全学年、予習必須です。予習なき場合、授業の参加を許可しません。」

 

これは塾のホームページ、そして塾の案内に入れている各教科指導方針に書かれている文言です。国語は必ず予習、つまり予め問題を解いてきてもらうのが決まりです。だからこそ、予習漏れを防ぐために、塾では二重の対策を取っています。一つは授業の終わりに、次回の予習場所を口頭で言うことです。「次回の宿題は〇ページです」と口に出して伝達しています。それに対して大方の生徒たちは宿題を忘れないように、予習するべきページに日付を書き込んだり、付箋を貼ったりして対応しています。もう一つの対策は、夏期講習分の予習内容を紙にまとめたものを配布することです。中3であれば19回分、中1・中2であれば11回分の予習ページをプリントにして、夏期講習の初日以前に渡しています。夏期講習に限らず、通常学期の授業でも、十数回分の授業予定を配布しています。これは時間があるときに先の方まで予習しておくことができるようにするため、そしてもし私が口頭で伝達するのを忘れたときのためです。

 

国語を予習してきてもらうのにはいくつか理由がありますが、大きな理由は「知識を提供する時間を増やすため」と「自分で内容を把握するため」です。前提として、「問題を解く」という行為では成績はほとんど上がりません。英語のリスニング然り、数学の証明然り、問題を解くというそのことだけでは実力の向上はありません。その後で自分で丸付けをしたり、指導者に採点してもらったりして正誤を確認したうえで、できるまでやり直しをしたり、それでもできなければ解説を読んだり、先生に質問したりして、「間違いを克服する」という過程で成績が少しずつ伸びていくのです。さらにリスニングだとスクリプトを見ながら音声を聞いたり、文法事項を確認したり、数学では他の解法を模索したりすると、上昇の度合いは大きくなります。塾では予習してきたものの解説から始めることで、単に成績を上げることのみに専念することができるのです。また問題を解くのにかかる10~15分程度の時間を節約できることで、より細かな知識、深い知識、他の文章にも応用できる知識を提供することができるのです。そして、塾内で仮に10分と時間を区切って問題を解くと、その中では解き終わらない、十分内容を理解できないという子がいます。とりわけボキャブラリーがなく、論説文等の一見難しそうな文章に触れる機会があまりなかったであろう中1・中2生は、問題を解く以前の「文章を読む」という作業がまともにできません。それを授業の中の10分でやりなさい、と言ったところで、分かりやすいところだけを追って、内容をそしゃくできないところを読もうとしないのは明白です。よって予習では何分、何時間かけてもいいから、分からない言葉を辞書で調べたり、ノートや教科書を振り返ったりして、「この文章ではこういうことが言いたいんだな!」というものがつかめるまで取り組んできてもらいます。中3の入試演習が始まれば、一問を解く時間に制限を設けますが、そうでなければまずは自力で内容を把握するように努めることが、学力向上には不可欠なのです。そのように予習したうえで、授業で詳細な解説をしますので、そこで自分が考えたことが合っていたのか否かを確認してもらいます。

 

さて勘の良い方であれば、ここまで書けば何のことを言おうとしているかがお分かりかと思います。夏期講習が始まって3日間で2人の生徒が国語の予習なしで授業に臨もうとしました。この2人にはもちろん軽くお説教をしています。予習をするというルールなので当たり前です。さらに予習していないがゆえに、「なんで予習していないの?」「どうしてやらないの?」と聞かざるを得なくなり、授業がいったんストップします。その間は生産性のない時間のみが経過しますので、極端な話でもなんでもなく、この生産性のない時間には保護者の方から頂いている授業料が無駄に使われることとなります。予習をしていないのは誰の責任でもなく、それをやらなかった自分の責任です。それを自分以外の他者、あるいは部活のせいにするのですか。私は部活を言い訳にするのが嫌いです。決して部活自体を否定しているわけではありません。私も中学時代には休みなく部活をしていた一人です。部活をやるから気づける、発見できることもあるのでしょう(具体的にそれは何か、と言われると困りますが…)。ただ単に自分が勉強をやらないこと、勉強ができないことを、「部活」のせいにして、「部活」を言い訳として出せば許してくれるだろうと考えるのがダメなのです。部活をやっている人はみんな勉強を適当にやっているのですか?部活をやっている人はみんな塾に通っても宿題をやらなくてもいいのですか?結局は部活をやっていても、やる人はやるし、やらない人はやらないのです。

 

予習していない子は授業には入れません。自習室で予習をさせて解き終わったら戻ってくるように言っています。中には、最初の国語の授業の冒頭から自習室に送られて、数学の授業が始まっても、英語の授業が始まっても戻って来ず、結局3時間もたった1ページの問題を見続けていた子もいます。そんな3時間も同じ問題を見続ける粘り強さに感心する部分があります(本当に解けなかったのか、それとも戻ってきたくなかったのかは不明です)。しかし、この子はあまりにもたくさんのものを失いました。このときの国語の授業では「係り結びの法則」を説明しました。数学では一次関数の式の求め方を扱いました。英語では名詞や冠詞の使い方を教えました。どれも超超超重要内容です。それを知ることができなかったわけですから、損失はとてつもなく大きいです。しかしその反面、この子はとても大事なことを知ることができました。それは、この子は国語の予習には3時間必要だということです。3時間の予習をして初めて授業に参加できる状態になるといいことがわかったのです。であれば3時間という時間をどこかで作り出さなければなりません。そういう具体的に必要な時間が分かり、自分の実力を数字として確認できたということは、勉強をしていくうえで重要な情報を得たということです。

 

この日の授業で失ったものはどうすればいいでしょうか。答えは簡単で、「補講日」があるじゃないですか。補講日は塾生だれでもウェルカムです。分からないところ、不安なところがあればいつでも来て、自分から質問してください。

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