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公立入試まであと20日。最後の実力試しとして、今年の全国の入試問題を解いてみるのをおすすめします。たとえば千葉県の前期入試はすでに終わっており、問題はネット上に上がっていますし、宮城県や群馬県の問題も見ることができます。少し歯ごたえのある問題を解きたい受験生は、神奈川県の入試問題がいいでしょう(神奈川は今日14日が入試ですので、近々問題を見ることができるはずです)。
当塾では国語の読解に力を入れています。力を入れていると書くと何か特別なことをしているように思われるかもしれませんが、評論や小説を子どもたちが自力で読めるように「文章はこう読むんだよ」というものを示しながら授業を進めています。学校の授業では教科書の内容を何度も何度も読み、先生が「ここにはこう書いてあるよね」と示してくれるため、文章の流れや論理を考えなくても内容を把握することができます。そうなると学校の定期考査も、文章の読解というよりも、「内容を覚えているか」を問う傾向が強くなります。すると予め教科書の文章を頭に叩き込んでいなければ問題が解けない、あるいは時間内に解き合わらないということになってしまいます。それを防ぐために、国語の定期考査対策は、「文章の内容を完璧に頭に入れよう」「ワークをの問題と答えを覚えよう」となるのはごく自然な流れだといえます。定期考査で点数を取るという目先の利益だけを考えれば、「ただ頭に入れる」というやり方でも通用しますが、残念ながら受験ではそんなものは全く役に立ちません。入試で出る文章はほぼ受験生が初めて見る文章であり、「筆者は何が言いたいのか」「物語の展開がどうなるのか」「どんなジャンルの文章か」などその場で読み取らないといけないからです。だからこそ事前の準備が欠かせませせん。
たとえば、来週から北海道に旅行に行くと決まっているならば、前もって防寒具を準備したり、北海道の旅行雑誌を買ったりすることができます。イギリスに行くのであればパスポートやサングラスを探しておくことができます。定期テスト対策はいわばこのような準備と同じで、目的地(出題される文章)に応じた万全の準備をしておくことができるのです。ところが入試では目的地が決まっていません。説明的文章が出題されるということは分かっていても、それ以上の詳細は分かりません。では、分からないからといって何も準備をせずに受験を迎えますか?もし旅行に行くのであれば、たとえ目的地は分からなくても、お金を用意したり、カメラを用意したり、最低限の準備はするはずです。それと同じように国語の読解問題にも準備というものがあります。それは、時間をかけて論理構造を見抜く力を身につけ、できるだけ言葉の知識(語彙力)を増やしておくことです。これらは決して短時間で身につくものではありません。論理のパターンをただ知るだけでなく、実際の文章の中でどのように使われているのかを自ら経験しなければ使えるようにはなりません。言葉の意味や対義語をただ知るだけでなく、実際の問題の中でどのように役立つのかを自ら体験しなければ、せっかくの語彙力も意味を成しません。そんな時間も手間暇もかかる読解力育成のため、当塾では毎回異なる文章を読み、構造分析するという地味な作業を繰り返しています。入塾当初は的外れな解答をしたり、書かれてあることを正しく読み取れていなかった子も、読解の訓練を積み重ねれば、読み間違いも解答のずれも極端に減っていきます。何度も言っていることですが、小学校や中学校の勉強なんて誰でもやればできるんです。問題はそれを信じてやれるかどうかなのです。
先日行われた群馬県の前期入試国語に次のような文章と問題があります。
「自分の知っていることは世界のほんの一部にしか過ぎないのだと自覚する、それはすなわち自分という存在の相対化ということである。それを自覚しない間は、自分が絶対だと思いがちである。自分だけしか見えていない。世界は自分のために回っているような錯覚を持つ。」
問 文中「それはすなわち自分という存在の相対化ということである」とありますが、「自分という存在の相対化」の説明として、次のア~エから最も適切なものを選びなさい。
ア 相手との関係を保ちつつ自分の立場を積極的に確立すること。
イ 様々なものとの関わりの中で自分自身を客観的に捉えること。
ウ 海外に目を向けることで自分の生き方を総合的に見直すこと。
エ 新しい環境で自分自身が存在する意味を主体的に見出すこと。
国語の訓練(言葉の知識)を十分に積んでいる子であれば間違いなく即答できます。反対に国語力のない子は文中の「自分という存在」とエの選択肢の「自分自身が存在」が似ているからという理由でエを選んでしまうかもしれません。もちろんこの問題の答えはイになりますが、果たして何を見てこれが正解だと一発で分かるのでしょうか。あるいは何を見て答えから外すのでしょうか。分からないからと言って落ち込む必要はありません。なぜなら初見の文章の読解のしかたや問題の解き方を誰からも教わっていないからです。教わっていないのですから、感覚で答えを選んでも無理がありません。よく、学校や塾では「筆者の意見を見つけなさい」とか「感情を表す語句を見つけなさい」と言われますが、その先については教えてくれません。つまり「どのように筆者の意見や感情を表す語句を見つけるのか」という部分です。ゆえに、筆者の意見や登場人物の感情が大事だということが分かっていても、それを見抜くことができない子が多くいるのです。上辺だけの国語指導はもう終わりです。子どもたちの読解力や語彙力の育成のため、実のある指導をしませんか。