2024年3月5日
  • 須恵町にある高校受験専門学習塾

古典の得点率から、勉強を考える

平成30年度入試の得点率が発表されました。国語56.1%、数学52.1%、英語54.6%、社会51.0%、理科54.8%で、最も点が取りやすかった国語と最も点が取りにくかった社会の得点率の差は5.1%でした。昨年度の国語65.0%と英語48.7%の差16.3%に比べると、今年は5教科の学力バランスが測りやすい試験であったといえます。最大の要因はあまりに簡単だった国語が難化したことにあります。これまでは国語の対策や勉強に力を入れなくてもそこそこの点数が取れていたかもしれませんが、それでは通用しなくなっているのです。国語が難しくなった今、点数を取るための勉強をする必要があるのです。

 

私は大手塾時代、国語の問題作成をしていました。どの科目にも共通して言えることですが、試験問題を簡単にしたり、あるいは難しくしたりするのは容易なことです。例えば古文の問題で簡単にしようと思えば、文章を短くする、教科書に載っている文章を使う、注釈を増やす、現代語訳をつける、現代仮名遣いや主語や主語把握のような基本問題を多くするなどのやり方が考えられます。反対に難しくしようと思えばこれらと逆のことをすればいいのです。

 

今年の福岡県公立高校入試の古典の得点率は37.3%でした。説明的文章が50.0%、文学的文章が58.1%ですから、今年も古典は難しかったといえるでしょう。昨年の古典が51.9%だったことを考えると、さらに難化しており、問題を見た受験生はかなり動揺したのだろう想像します。それだけ点数が取れなかった原因はどこにあるのでしょうか。文章は7行と、決して長いわけではありません。本文の後には会話文があり、本文の説明をしてくれています。いくつかある難しい言葉には注釈が設けられています。しかし、問題の最も大事な部分には注釈が設けられていません。本文では「よろづの道の人、たとひ不堪なりといへども、堪能の非家にならぶ時、必ず勝る事は、たゆみなく慎みて軽々しくせぬと、ひとへに自由なるとの等しからぬなり。」とありますが、たいして古文を勉強していない中学生が、これを注釈なしで理解するのは容易ではありません。その部分に関しては後の会話文を参考にしなければ解答できないようになっているのです。これまでは本文を読んでそのまま解答できたのが、今年の入試は本文を読んで、それを会話文をヒントにして解き明かし、その後で解答しなければなりませんでした。今までにはなかった、新たな工程が加わったのです。分からないことを分からないからと投げ出すのではなく、分からないことであっても小さなヒントを参考に理解していくのが求められているのです。英語の入試問題にも、本文中で中学生が知らないであろう単語を使用し、文脈からその単語がどんな意味であるかを考えさせる問題が出題されました。さらに言うと、大学入試センター試験では以前から、分からないものを文脈判断で答えさせる問題が出題されていました。

 

私は、やってみる前から子どもたちが「分からない」「できない」「無理」ということに厳しいです。その発言は勉強をする意味を見失っている発言だからです。勉強はできないものをできるようにするためにするのであって、すでにできるものをアウトプットし続けても、たいして意味はないでしょう。中学生がひらがなの勉強をしたり、九九の勉強をしますか?常に分からないもの、できないものに挑み続けるのが勉強なのであって、常に分からないことが立ちはだかるのは当たり前なのです。とりわけ「思考力」というものが重視される今日においては、すでに答えが明確で、即答できるものが問題に出てくることはほぼありません。問題の中の情報を読み取り、分析して、仮説を立て、解答を出し、それが条件や文脈に適合しているかを見極めなければなりません。生徒には定期的に入試問題を解かせていますが、解けなくても平気な顔をしています。「受験が近づけば解けるようになるだろう」という余裕のようなものを感じさせます。しかし、学力は入試が近づけば自ずと上がっていくと思いますか?それならば受験生全員がそろって成績を上げるはずです。学力は成績を上げるために努力するから上がるのです。分からない問題に出会ったときに、「何としても答えまでたどり着いてみせるぞ」という意地のようなものを持ち、ああでもないこうでもないと考えるから問題が正確に読み取れるようになります。そして分からないことをああでもないこうでもないと考えられる人間のみが高得点をとることができるのが、福岡県の公立高校入試なのです。

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