2024年6月21日
  • 須恵町にある高校受験専門学習塾

失敗するということ

1年ほど前に、運転シュミレーターを体験する機会がありました。前の画面に道路や風景が映し出され、実際に運転しながら、自分がどのくらい注意深く運転しているのかを測ることができるものです。

 

その中で興味深いチェックがありました。以下のようなものです。

①暗い夜道を走っていると、「白い」洋服を着た歩行者が道路を横断しています。当然、歩行者に気づいてブレーキをかけ、難なく危機を回避します。

②次に全く同じシチュエーションで、今度は服の色が「赤」になっています。若干気が付くのは遅くなりましたが、歩行者の手前で止まることができました。

③最後も途中までは全く同じ状況ですが、服が「黒」になっています。気づいたときには、車は直前まで迫っており、残念ながら歩行者を轢いてしまいました。

 

この種の検査をやったことがある方も多いのではないでしょうか。

 

さてここからが本題です。

この検査の大切なポイントは何でしょう。

 

一つには、「知っている」と「できる」は別だと認識しなければならないということです。運転免許を持っている人であれば、「夜道では暗い色に気づきにくくなる」ということは知っています。でも、私はそれを知っていても歩行者を轢いてしまいました。

 

実際、「知っている」と「できる」には大きな隔たりがあります。「知っている」を「できる」にするためには「工夫」がいります。

先の運転の話で考えると・・・

夜道では暗い色が認識しにくいということを「知っている」ので、

⇒夜はスピードを落として走るという「工夫」をする

⇒ハイビームの活用という「工夫」をする

⇒かもしれない運転に心がけるという「工夫」をする…

などの「工夫」の積み重ねで、事故を回避することが「できる」のではないでしょうか。

 

勉強も同じです。以前のゆとり時代の入試問題は「知っている」かどうかに主眼が置かれていました。知識を答えさせる問題の比重が高いものでした。しかし、現在の入試は、知識だけでは太刀打ちできません。知識をどう工夫し、活用していくかが問われます。いわゆる「思考力」と呼ばれるものです。学校、メディア等で「思考力」という言葉を頻繁に耳にしますが、どのくらい理解しているものなのでしょうか。「思考力」という概念やどう育んでいくかについては、ここでは記述を控えてまた別の機会に書こうと思います。

 

二つ目は、シュミレーターはあくまでも予行練習だということです。実際に事故を起こしているわけでも、だれかを傷つけているわけでもありません。失敗しても構わないのです。

 

失敗しても構わない状況であるにも関わらず、失敗を恐れて何もできない人がいます。職場で新人教育をしたことがある方ならお分かりだと思いますが、教育の過程で「失敗してもよい場面」というものがあります(というより、「あえて失敗してほしい場面」といったほうが正しいかもしれません)。その際に、きちんと失敗をしてくれる子ほど育てがいのある子はいません。たまたまうまくいくのは、後々大きな失敗をする可能性が高まります。最悪なのは、臆病になって挑戦しないことです。失敗して、それを反省し、そこから大切なことを学ぶ人間は大きく成長します。強くなります。擦り傷を負ったら、きちんとかさぶたができて、皮膚がより強くなるように、失敗は人を強くするのです。(もちろん仕事においても、勉強においても「絶対に失敗してはいけない場面」というものはあります。そこで失敗しないために練習するのです。)

 

勉強において、「失敗すること」を過度に恥じる子は成績の伸びは見込めません。逆に、「失敗したこと」を恥ずかしいと思う子は成長できます。未来を憂いて何もしないのではなく、過去を反省し、未来を変えようと行動するのです。例えば、英作文の問題で、分からないなりに自分で回答を書く子は、その間違いに応じた指導することができますが、何も書かない子、書こうとしない子には指導をすることができません。

 

勉強において、失敗はすることは大切です。下手な指導者は、子どもが失敗しないことを願います。しかし、優秀な指導者は、あえて失敗させます。失敗させ、反省させ、間違いのパターンを頭と体で認識させるのです。

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